和田英之氏について

和田氏への質問状を追加しました(2017.1.9)

1955年大阪で生まれる(諸説あり)。

大阪府内の高校を卒業後、専門学校を経て外務省に入省、モントリオール領事館、ザイール大使館などを経て1984年(昭和59年)よりジュネーブ代表部に勤務。

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ジュネーブ代表部勤務時に投資ファンド「ファンドHW」を設立。現職の大使や外務省職員十数名から資金を集め、ワラント債での資金運用を行う。しかし、翌年には運用に行き詰まり一方的にファンドを解散、預託金を返還しないまま連絡が途絶える。
この件に関しては、国家公務員の不祥事として国会でも取り上げられることに。

昭和63年第113回衆議院内閣委員会在外公館に関する小委員会議事録(抜粋)

また、別案件でも投資話を持ち掛け、資金を集めたまま連絡が取れなくなるというトラブルが次々に明るみになり、新聞社も相次いで和田氏の不祥事を報道した

和田氏の消息はその後暫くの間、不明となる(投資話で集めた資金で購入した西洋絵画やディズニーセル画でビジネスを行っていたという情報あり)。


2000年(平成12年)頃より和田氏は米国稀少コインディーラーとして再び表舞台に現れた。

和田氏は稀少コインや宝石、ディズニーセル画を取り扱う会社として、コレクターズ・ジャパン株式会社を設立、掛川明美氏を秘書、妹の掛川恵利加氏をスタッフに迎え業務を開始する。

コレクターズ・ジャパン社は積極的な営業や広告宣伝活動を行わず、専ら和田氏が開設したウエブサイトに掲載される「ネバダレポート(後にWorld Reportと改題)」の読者を対象に稀少金貨を紹介し、顧客を獲得していった。


Nevada Economic Reportで日本経済の破綻、預金封鎖や資産課税、円資産の無価値化といった読者の不安心理に訴える主張を繰り返し、安全な実物資産として日本人には馴染みのない(市場価格を知らない)米国稀少金貨を高値で購入させるという商法であったが、1900年代後半〜2000年は銀行の破綻が相次ぐなど、金融不安が社会に蔓延していた時期であり、多くの読者はNevada Economic Reportを信用し、金貨を購入していった。
販売金貨の価格が極めて高額(数百万〜数千万円のものが多い)なこともあり、和田氏の顧客には会社経営者や医師など富裕層が多い。
2002年には、和田氏をIMF関係者と勘違いした旧民主党の国会議員が、国会の予算委員会でレポートを取り上げるという珍事も発生した。

平成14年第154回衆議院予算委員会議事録(抜粋)

続く→